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広島家庭裁判所 昭和40年(少)987号 決定 1965年7月16日

少年 M・K(昭二三・一〇・一九生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

押収してあるナイフ一丁(肥後守)(昭和四〇年押第一四六号の一)はこれを没取する。

理由

罪となるべき事実

少年は

一、昭和四〇年二月○○日午後四時三〇分頃広島市○町○○○団地○月方北方四〇メートルの○○山山中において、広島市△町○丁目○○番○号中学一年生奥○子(一二年)が学友一名と共に散歩しているのを認め、「この上にあけびがあるんじやが。」と甘言を用いて同女を笹藪の中に連れ込み、「ズボンを脱げ。脱がにやあ殺すぞ」と申し向けて脅迫しその反抗を抑圧し、同所にうつ伏せに寝かせ同女の背後からその陰部に陰茎を押しあて強いて同女を姦淫しようとしたが陰茎を没入することが出来ずその目的を遂げなかつた。

二、更に同月△△日午後五時三〇分頃広島市○○○公園原爆傷害調査委員会(A、B、C、D)西南方約三〇メートルの雑木林の中において、広島市○○○○町○○局宿舎R・C・M○○○号・中学二年生○坂○子(一四年)が学友二名と共に山道を下山しているのを認めるや同女に所携の折りたたみナイフを突きつけ「声を出したら殺すぞ」と脅迫したうえ、手首を掴まえて付近の繁みに連行して、同女を仰向に押し倒しズロースを脱がして馬乗りとなり強いて同女を姦淫しようとしたが陰茎を没入させることができないのでその目的を遂げなかつた。

三、更に同年三月○日午後三時四〇分頃広島市○○○○官有○番地○○アパート○○○号○畑○行方に侵入し、六畳の間において独り針仕事をしていた○畑○○子(二〇年)を認め同人にナイフを突きつけ、「一人二人殺すのは簡単なけのー。静かにせい。金なんか問題じやあない。させい」と申し向けて脅迫しその反抗を抑圧し同女をその場に押し倒し馬乗りとなり強いて姦淫しようとしたが偶々家人が帰宅したためその目的を遂げなかつた。

四、更に同月○○日午後三時頃広島市○町○○○山頂○○○塔東方約八〇メートルの路上において、広島市○○町官有○番地○口○子(二七年)が幼児二名を連れて散歩しているのに出会い矢庭に同女が手を引いていた同女の長男○彦(四年)を突き転がしたので○彦を抱えてうずくまつている同女の首をつかみ口を寒ぐ等の暴行を加え、その反抗を抑圧して同女の背後から馬乗りになり強いて姦淫しようとしたが、同女が大声で救いを求めたためその目的を遂げなかつた。

五、更に同年四月○日午後三時三〇分頃広島市○町○○○山頂○○○塔東側において、広島市○町○の○○今○亘の長女○○子(七年)が他二名の女児と遊んでいるのを認め同女が一三歳未満であることを認識しながら「あけびの実を取つてやるからついて来い」と甘言を弄して雑木林の中に誘い込み、同女が知恵浅薄の故をもつて命じるままにスラックスおよびズロースを脱ぎその場に仰向けに転げるや馬乗りとなり、同女の陰部に陰茎を押し当て強いて姦淫しようとしたが陰茎を没入することが出来ずその目的を遂げなかつた。

ものである。

罰条

いずれも刑法第一七七条、第一七九条

主文決定の事由

一、生活歴について

少年は、父M・T、母M・N枝の七男(第九子末子)として、昭和二四年一〇月一九日広島市○○町○○○番地で出生した。

○○小学校を経て、昭和三九年三月○○中学校を卒業し、同年四月以降、○○駅弁当株式会社に調理士見習として就職し、現在に至つている。

小学校五、六年の頃から次第に陰うつさが目立つようになつていたが、後述の少年の家庭内における不和緊張が頂点に達した時期、即ち中学二年生頃より対社会的態度に強い閉鎖性が現われ、学業も怠るようになり、教師よりは陰険、不面目で衝動的に暴行を行うおそれのある注意人物として注目されていた。

しかし就職後は、早く昇進して「小さいながらも我が家を持ちたい」という小市民的な希望を抱くようになり、その勤務ぶりは概して、まじめである。

学校、職場を通じて親しい交友関係はない、趣味としては絵を描くことがすきであるという。運動は職場で休憩時間にピンポンをしたり、散歩する程度で、映画には余り興味がない、時たま西部劇を観る位である。読書はしていない。

身体の発育状況は、小柄ではあるが、健康状態は概ね良好で幼時より著しい疾患は認められない。

二、家庭環境について

祖父の代より割箸製造業を営み、経済生活には、比較的恵まれている。父M・Tは、いわゆる女道楽で、夫婦の間に争いの絶間がなく、母M・N枝との間の広島家庭裁判所昭和三六年(家イ)第七〇六号調停事件における家庭裁判所調査官藤本和男の調査報告によると両者は恋愛によつて結ばれたものであるが、昭和一八年頃父M・Tに近所の人妻との関係が出来てから後は、女関係が絶えたことなく昭和二〇年一〇月頃には情婦とその間にできた子を共に家に引き取り、さらに昭和二九年頃には、亡異母弟の妻を奈良県吉野郡○○町より呼び寄せ、これと同棲するなど、その生活態度は乱脈をきわめ全く家庭を顧みない。そのため上記調停により夫婦関係の調整をはかるため現在別居中で少年は母と同居している。又父M・Tは上記女性関係のほか母M・N枝に対し専制的で、しばしば少年の面前で、自転車のチェーン、木刀等で殴り、木刀が折れて負傷させるなどの暴力を振うことがあつて、少年に対し、父親への恐怖の感情を与えていた。

両親間の争いは、必然的に父子の争いとなり、残に三男M・Nは父を攻撃し暴力を振うこともあつた。

三、家庭の緊張と少年の人格形成について

家庭環境が少年に対し与えた心理的影響については、分裂病質的な思考、少年の内向性非社会性は家庭内の緊張に対する自衛的適応の型として形成されたものと考えられるし生来の分裂病性性格であるとすれば、家庭内の葛藤を契機として、その特質が顕著となり強化されたものと解することが出来る。

特に上記のように、家庭の緊張が絶頂にあつた中学時代に、少年の性格に大きな変化の現われがあつたことは、見逃すことはできない。(近藤敏行、久保摂二鑑定)

さらに、親子関係診断テストの結果よりみて、両親の間に極端な躾の不一致が見られ、母親が、保護過剰である反面、父親が拒否的であることのため、少年の躾に一貫性がなく、少年は激しい反抗心を抱き、時には表面的にこれを隠そうとすることもあるが、その仮面がはげると、残忍冷酷な態度や非行を犯すような性格や、行動傾向が形成されたものと推測せられる。(岩崎調査官科学テスト結果報告書)

四、少年の智能性格について

田中B式智能検査によると智能指数は一〇九で普通級の上限にあるが、その性格は、精神分裂病者の範疇に入る異常人格者である。判断力、記憶力、計算能力、推理能力がすぐれているに拘らず、社会性が低く、感受性を欠き精神生活が、生き生きとした現実との接触において、適応性を欠き、少年の行動はやや非現実の次元において営まれているのではないかとの疑が持たれる。固執的で柔軟性がなく、原因、結果、過去、未来についての系統的思考を欠如し、思考、意志、感情、現実認識などの諸機能に荒廃が見受けられる。過敏な精神分裂病者の特性を有し、敏感、神経質で興奮し易い反面、鈍感で冷酷、無関心であり、その行動は表面より予測し難く、突然に異常な行動に出ることが予想される(久保摂二、近藤敏行鑑定鑑別結果通知書)

五、性に対する関心と態度について

少年は、性的体験について、一切これを否定しているが、極端な否定は却つて異性に対する強いコンプレックスの存在が推定せられる。

小学校五、六年生頃より、父母の争が、父親の女遊びにあるということを知つていた事は、少年に精神分裂病質的なコンプレックスとなり、過度に性を避けて無視するという表面的態度を生ぜしめたものと考えられる。

しかも内閉的で外的な事物に興味が少ない少年にとつて、性のめざめが異常なまでに強い圧力となつていたと推定することは必ずしも不当ではあるまい。

鑑定留置中養神館病院において少年が、看護婦○原○○枝の腰に手を廻わし、同人が危険を感じ身を引いたという事実のあつた事は検討するにあたいする。この事につき一応少年は淋しかつたからそうしたと弁解している。

少年が意識された強いコンプレックスを有していることについて、疑いはない。たとえ本件非行と関連づけることが困難にしても性に対する態度が正常であるとは言い難い。

六、非行事実の否認と性格との関係

少年は本件非行事実を終始全面的に否認しているが、非行事実については、証拠によつて明らかで、これを認めることが出来る。

問題となるのは、少年が否認する態度と心理状況である。

(イ)  少年は、本件非行に関し、ポリグラフによる緊張最高点質問法による検査により、精神的動揺を生じ、有罪意識を有するものと判定せられ、調査・審判・鑑定の過程においても、特に非行事実の摘示に対しては、極度の緊張と表情の硬直が見られ、又犯罪に関係ある質問については極めて警戒的な表情・態度を示した。

(ロ)  頑強な否認は、少年の性格的なもので、テストの結果によつても、自己の気にいらぬ事実に関しては、拒否しようとする自己偽瞞的傾向があり(近藤敏行鑑定)分裂病質性性格の特徴としての強直した情緒が否認の形により、頑固・粘着・固執性として表われたものと理解される。(久保摂二鑑定)

七、処遇

少年が明らかに認定せられる非行事実を否認し反省を示さないという点は問題であるがこれは精神病質性性格によるもので、早急に態度の変容は考えられない。

又このような人格の形成については、両親の不和が与えた影響が大きく、環境の調整を図ることが必要であるが両親が直ちに正常な夫婦関係に復帰することは困難な状態にある。固より在宅保護に適しないことは勿論であるが精神病質的傾向が素質的のものであり且少年の年齢・犯罪の態様からみて刑事処分に付することも適当でない。

このような少年の性格を根本的に治療することについては幾多の困難性が予想されるが、精神的成熟と社会的発達をまつことにより、社会適応性が期待できるので、矯正施設に収容して、教育的措置を執ることが必要であり、且つ相当と認めた。

適条

少年法第二四条第一項第三号。少年審判規則第三七条第一項。少年法第二四条の二第一項二号第二項

(裁判官 藤井英昭)

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